ぱるちのものおき2.0

主にLaTeXや数学のお話をするブログです。

分数は‘‘well-defined’’

この記事では,分数というものがどれほど高級なものであるかを見ていきます。ざっくりと概要を説明しますと,

分数の計算って,どうやって説明証明するの??

ってお話。数学をする人にはかなり平易な文章です。お許しください。

そもそも分数とは

もしかしたら,この記事を読んでいる人と僕とで‘‘分数’’というものに誤解があるかもしれませんので,あらためて説明を。

例えば,

   \displaystyle \frac12,\ \frac38,\ \frac{-2}{6}

などです。約分はしてもしなくても良いとします。また,次の例も分数と呼ぶこととします。

   \displaystyle \frac{\sqrt2}{3},\ \frac{\pi}{e}

しかし,次のものは考えません。

   \displaystyle\frac10

定義っぽく書くと,「0でない数 a と,数 b を用いて,\displaystyle \frac ba と表されるもの」を分数と定めます。*1

そもそもwell-defined とは

まじめに説明する前に,具体例から考えます。

有理数 \displaystyle\frac{n}{m} に対して,次の‘関数’f を考えます。

   \displaystyle f\left( \frac{n}{m}\right)=m

例えば,\displaystyle f\left( \frac{1}{3}\right)=3,\ \ f\left( \frac{-5}{6}\right)=6 です。

しかし,この‘関数’については,次の現象が起こってしまいます。

   \displaystyle\boldsymbol{\frac12=\frac24} なのに,\displaystyle\boldsymbol{f\left(\frac12\right)\neq f\left(\frac24\right)}

そもそも f(x)x の関数であるとは,「x の値を1つ決めると,それに対応して f(x) の値もただ1つに定まる」ことを指す言葉でした。しかし,今考えている‘関数’f については,関数とは呼べないじゃないか!という結論に至ります。

良かれと思って定義した‘関数’が,実は関数ですらなかったとき,数学者はwell-definedでない と言うのです。

そして,もしかしたら関数じゃないかもしれない…と,思わず疑ってしまうようなものを考えるとき,やっぱり関数って呼んでいいんだ!と自信をもって良いことを,well-defined というのです。*2

ここで,「もしかしたら関数じゃないかもしれない…」と疑う状況って??と突っ込んでしまいますが,例えば,

  • 分数を用いて定義したとき
  • mod □ の世界を考えるとき
  • 無理数乗のお話をするとき etc...

です。無理数乗のお話は,今回のwell-definedとはやや異なるので,省略。

少し数学の言葉を借りて説明するならば,
今回は,「定義域においてある条件で同値関係 \sim を定義したとき,x\sim y ならば f(x)\sim f(y) が成り立つかどうか」というwell-defined 性だけを考えます。

もう1つだけwell-definedではない‘関数’ g を挙げてみます。

(mod 7) の世界において,


g(x)=\left\{
\begin{array}{c}
1&(x\text{は奇数})\\
0&(x\text{は偶数})
\end{array}
\right.

と定めます。*3
mod 7 の世界においては,1=8 ですが,g(1)\neq g(8) ですので,この g もwell-defined ではありません。

分数はwell-defined

というわけで,今回のタイトル「分数はwell-defined」ですが,この言葉は不完全です。釣り疑惑濃厚。

「分数は,加法と乗法に関してwell-defined」

を示します。要するに,分数のたし算かけ算を見直します。

分数の同値関係

分数には,ちゃっかり同値関係が入っています。例えば,

   \displaystyle\frac48\sim\frac{2019}{4038}

などです。つまり,「約分や通分をすれば同じになるものは同値」という,アタリマエかもしれない同値関係です。*4

しかし,このままだと今後の証明で使いづらいので,この同値関係の定義を作り直します。
この具体例で,4\times4038=8\times2019 が成り立っていることを利用して,分数の同値関係を次のように再定義します。

 \displaystyle\frac ba\sim\frac dc\ \iff\ ad=bc

これなら,数式処理でも威力を発揮してくれそうです。

かけ算のwell-defined性

分数の乗法は,次のように定義されています。

\displaystyle \frac ba\times\frac dc=\frac {bd}{ac}

これがwell-defined であることを示しますが,それは,次を示すことになります。

\displaystyle\frac ba\sim\frac dc,\ \displaystyle\frac fe\sim\frac hg\,\Longrightarrow \frac {bf}{ae}\sim\frac {dh}{cg}

少し言い換えて,

  \displaystyle ad=bc,\ eh=fg\ \Longrightarrow (bf)(cg)=(ae)(dh)\quad\cdots\cdots(\ast)

を示します。数式変形は非常に簡単です。
  \displaystyle
\begin{align*}
(bf)(cg)=(bc)(fg)=(ad)(eh)=(ae)(dh)
\end{align*}
これで,かけ算についてはwell-definedであることが示せました。

たし算のwell-defined性

実は足し算の方が面倒です。足し算の定義は次です。

  \displaystyle \frac ba+\frac dc\sim\frac {bc+ad}{ac}

これがwell-defined であることを示しますが,それは,次を示すことになります。

\displaystyle\frac ba\sim\frac dc,\ \displaystyle\frac fe\sim\frac hg\,\Longrightarrow \frac ba+\frac fe\sim\frac dc+\frac hg

少し言い換えて,

  \displaystyle ad=bc,\ eh=fg\ \Longrightarrow (be+af)(cg)=(ae)(dg+ch)

を示します。

\displaystyle (be+af)(cg)=\underline{bc}eg+ac\underline{fg}=adeg+aceh=ae(dg+ch)

これで足し算もwell-defined であることが示されました。


証明の中身自体は大したことはないのですが,分数の計算(の前提の前提)で,ここまで時間がかかっちゃいました。こんなに背景が面倒じゃあ,「分数が出来ない大学生」がいっぱいいてもしょうがないね!

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*1:数,と書きましたが,時と場合によりけりです。

*2:well-defined を強引に日本語に直すとすれば,「矛盾なく定義された」と訳されます。だけど,たいていはwell-definedのままです。

*3:g\mathbb Z/7\mathbb Z から \mathbb Z への写像で,代表元の偶奇をもとに定義されたものとしています。

*4:せっかく基礎からやっているので,いっそ同値関係とはなにかを定義しても良かったのですが,省略しました。